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 10.灌漑

 (1)灌漑の意義

 梅雨後の夏期の寡雨が特に問題となる暖地・温暖地をはじめ、全国的に灌漑の大豆収量に及ぼす効果が検討されている。特に水田転換畑は、しばしば湿害が問題になる反面、いったん乾燥すると透水性や保水力の低さなどが原因となって干害が発生しやすい場合も多い。一方、転換畑には潅漑用水が比較的容易に手に入るという利点があるので、灌漑による大豆増収が各地で図られている。

 (2)灌漑の適期
 大豆に対する灌漑適期に関する報告の多くは、開花期以降の灌漑が増収に効果的であることを認めている22,25,29,31)。開花期の乾燥では落花・落莢歩合が高くなって莢数が減少し、子実肥大前期の乾燥では落莢歩合・不稔粒歩合が高くなり、子実肥大後期の乾燥では不稔粒歩合がやや高く、百粒重が減少する3,6)。また、開花期頃の乾燥により莢数が減少すると、成熟期の莢先熟を招くことがある17)。開花期以降の灌漑にはこうした障害の防止効果が期待できる。
 一方、生育前半を湿潤な土壌条件で生育したダイズは、栄養生長は促進されるが、根系の発達が劣り生育後期の干ばつに弱くなる傾向にある8)。したがって、生育前半には、干ばつが特に厳しい場合に限って灌漑を行えばよいと考えられる。
 播種時に乾燥が続く場合、灌漑により出芽が良好になるという報告もある36)。ただし、大豆は種子の急激な吸水や発芽時と生育初期の土壌過湿・酸素不足によって、出芽とその後の生育が不良になる1)。したがって、出芽促進のための灌漑の実施に際しては、播種直後を避け、滞水や土壌の表面クラストを生じさせないよう注意が必要である。

 (3)灌漑を行う判断基準
 ダイズの生育に適する土壌水分は、土壌条件等により異なるが、一般的にはpF(土壌水分張力)1.2〜2.0程度といわれている19)。灌漑を行う判断基準として広く用いられるのはテンシオメータで土壌のpF値を測定する方法で、深さ10〜20cmで、pF2.5〜2.7程度の乾燥を灌漑実施の基準にする場合が多い。また、赤外線放射温度計等で葉温を測定して、ダイズの水分ストレスの状況を調べる方法や13,18)、湿潤試薬を用いてダイズ葉の気孔開度を測定し10)、気孔開度3〜3.5を基準とする方法がある11,12,13)。さらに簡便な方法としては、晴天が7日間程度続くことを基準とする方法や、水分ストレスを受けたダイズの葉の調位運動が盛んになることを利用して群落上部の葉が直立することを判断材料にする方法などがある11,13,14)。判定は水分ストレスが大きくなる12〜15時の高日射条件下13)、あるいは16時頃11)に行うとよいとされる。

 (4)灌漑の方法
 灌漑の方法として畦間灌漑、地下灌漑、散水などがある7)。

 ア 畦間灌漑
  鳥取県農試では畦間灌水の実施方法を検討した11)。その結果によれば圃場の部分的な過湿害を避けるためには、1度に多量の灌水をしないことが要点で、1枚30aの圃場全体を灌水するのに1日2時間約20mm分の灌水を3日間続けて行う。また、水口近くのうねの崩壊を防ぐため、流量を調節したり、板などを置く手だてが必要である。

 イ 地下灌漑
 地下灌漑2,20,27)には開渠式と暗渠式があるが、暗渠式の方が農作業の妨げにならない等の利点があり現実的と考えられる。暗渠式は、暗渠からの給水により作土層、または毛管上昇により作土層に水が達する水位まで地下水位を上昇させる。適合する土壌は、暗渠より下層への透水性が小さく、作土層に亀裂がよく発達して容易に水が浸透するなどの条件を満たす灰色低地土やグライ土などである。
 また、地下灌漑に類似するが、地下水位を適切な位置に保つことが大豆の多収につながる。福井ら4)は地下水位60〜65cm、世古ら23)は50cm前後、宮川は15)毛管上昇の少ない土壌では30〜40cm保水力の大きい土壌では40〜65cm、島田らは24)少雨年には40cm、多雨年には70cmに保った場合に多収と報告している。また、生育期間中に水位に大きな変化を与えると減収することが認められている5,24)。

 ウ 散水
 スプリンクラー、灌水チューブ等を用いる散水は傾斜畑にも利用でき、灌水時の労力が少ない利点を持つが、灌漑設備の設置に経費と労力を要する7)。

 (5)灌漑が大豆の生育・収量に及ぼす効果

 報告年次順に数例を紹介する。長野県の畑圃場では、乾燥年次に5月下旬の普通播と7月上旬の晩播ダイズに7月下旬以降10回計274mmの散水を行った結果、普通播・晩播ともに着莢数と百粒重の増加により約3割の増収が認められた16)。宮城県の転換畑で畦間灌水の効果を検討した結果、開花期より黄葉期までのpF2.2以上になった時に30mm潅水した処理によって、落莢の減少による稔実莢数の増加と百粒重の増加により19%の増収が認められた28)。佐賀県の転換畑で地下灌漑を行った結果、莢数の増加により5〜17%の増収が認められた30)。鳥取県の転換畑では開花終期〜子実肥大期の畦間灌水により稔実莢数と百粒重が増大し、20〜40%増収した。その効果はこの期間内で灌水開始が早く、灌水回数が多いほど顕著であった11)。また、同県で地下灌水の試験を実施した結果、本暗渠のみ利用の地下灌漑では灌水ムラが大きかったが、10m間隔の本暗渠及び直交する10m間隔のモミガラ補助暗渠を利用した場合には、灌水ムラが少なく30%増収した12)。兵庫県の転換畑で、地下灌漑を実施した結果、稔実莢歩合、稔実莢の増加による増収が認められた21)。また、兵庫県北部の、暗渠により排水改良した転換畑で畦間灌水した結果、無灌水の転換畑より着莢数増により多収を得た9)。富山県の転換畑で畦間灌漑試験を実施した結果14)、開花10〜30日後を中心とした、開花期以降の灌水が稔実莢数の増加を通じて増収に効果的であった。香川県の転換畑で、灌水と窒素追肥を組み合わせた試験を実施した結果、時期別では開花後灌水が優れ、また、灌水により追肥窒素が有効化し、根粒の窒素固定も増大して増収に寄与することが明らかになった29)。愛媛県の転換畑では、中耕培土とチューブによる灌水を組み合わせた試験が実施され、中耕培土単独では降雨が少ない場合に増収しなかったが、灌水との組み合わせにより不定根の発生が促され、莢数と一莢内粒数の増大により、約5割増収し、裂皮や莢先熟も防止された26)。干ばつが顕著にはみえない北海道の転換畑においても、開花期〜子実肥大期の乾燥時における散水は、光合成速度、根粒着生量、窒素固定量、窒素吸収量、着莢数の増加等を通じて、5〜10%の増収をもたらすことが認められた25)。

 (6)灌漑を行う上での注意
 開花期以降の灌水により茎葉の生育が特に旺盛になり過繁茂になることはなかったとする報告と28)、生育量が増大したとする報告がある14,25)。大豆は開花期からしばらくの期間は栄養生長が続くので、条件によっては過剰な灌水により過繁茂が生ずることもあると考えられる。また、土壌の過湿が酸素不足などを通じて大豆に障害を与えたり、多湿によって助長される土壌病害を発生させる危険性は当然あるので、灌漑の実施に当たっては、全体的にも局所的にも、過湿が生じないように注意する必要がある。

(独立行政法人農業技術研究機構 作物研究所 高橋 幹)