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 5.倒伏


(1)耐性育種と品種開発

 
  麦類は倒伏すると,減収や品質低下を引き起こすため,麦類に耐倒伏性を付与する品種開発は,麦類の収量向上のために極めて重要である.このような耐倒伏性の付与には半矮性遺伝子の導入が有効であり,数多くの成果を挙げている.
 

ア 小麦

(ア)農林10号の半矮性遺伝子
  松本らの報告した日本の小麦「農林10号」20)が持つ半矮性遺伝子,Rht1,Rht2(後にそれぞれRht−B1b,Rht−D1b)21)は,世界中の小麦の収量増に貢献し,緑の革命と呼ばれた.「農林10号」の遺伝子の貢献についてはGale and Youseffian12),後藤13),野田25),野中26)などの報告に詳しくまとめられている.以下にその概略を紹介すると,米国Washington州立大学のVoge1が,「農林10号」の短稈で穂の大きい特性に注目し,交配母本として使用し「Gaines」を育成したのが,その矮性遺伝子を導入した最初の外国品種である.Voge1の作成した系統はその後CIMMITに送られ,Borlaugらにより数多くの半矮性小麦品種が作成されたが,これらの系統は多肥にたえて多収をもたらすことからアジアの灌漑地域を中心に普及した.その驚異的な成果は緑の革命と呼ばれ,1970年にはノーベル平和賞が与えられた3).Gale and Youseffian12)はRht1,Rht2遺伝子の収量に対する効果について,他の研究結果も交えながら詳細に論じているが,どちらの遺伝子を導入した品種も従来品種に比べて増収しているとしている.その後開発された準同質遺伝子系統を用いた詳細な試験によって,この効果は検討され続けられているが,Flinthamら9)は,その他の研究結果についても取りまとめたうえで,最終的な収量に対するこれらの遺伝子の導入効果は,ある場合は有利に,ある場合は不利に働くことを示している.
  日本の小麦の品種改良についても野中26)によりまとめられており,昭和初期にくらべ,最近の品種では稈長が25−30cm程度短縮しているとしている.山田39,40)は日本の小麦品種の多くがRht1,Rht2の遺伝子を持っていることを報告している.
 

(イ)赤小麦の半矢委性遺伝子
  日本の小麦「赤小麦」の遺伝子Rht8,Rht9の果たした役割についても野田25),野中26)によりまとめられている.これらはイタリアで母本として使用されイタリア6倍体小麦の中軸となったばかりか,他のヨーロッパ諸国にも導入されて多くの優れた品種を生み出している.
 

(ウ)その他の半矢委性遺伝子
  現在までに小麦で20種Rht伴矮性遺伝子が報告されている21).Worland37)はRht12遺伝子を導入した準同質遺伝子系統に関して,穂のサイズを小さくせずに稔性が向上したことを報告しているが,出穂が遅れ粒数や粒重が減少する性質が残っていたことも報告している.Rht12を含め,前述のRht1,Rht2,Rht8,Rht9以外の半矮性遺伝子の実用品種への導入例は報告されていない.
 

イ  大麦
  大麦でも短稈化を目指した育種がおこなわれており,世界的な収量増に貢献している.大麦での半矮性遺伝子の利用については,小西18)の報告に詳しい.大麦にはFranckowiak and Pecio10)により報告されているように多くの矮性,半矮性系統が知られているが,小麦の農林10号に見られるような世界的規模で育種に利用された半矮性遺伝子はない.
 

(ア)渦性遺伝子
  国内の大麦には,渦性と呼ばれる半矮性で直立した,厚く短い濃緑色の葉をつける劣性の矮性遺伝子を持つ品種が数多くあることが古くから知られている18,22,33).高橋らは36)渦性系統は多肥栽培で顕著に増収すると報告している.渦性遺伝子は近年の品種育成でも盛んに利用されており,数多くの国内品種に導入されている.


(イ)欧米での半矮性遺伝子の利用
  欧米では,「Valticky」のX線照射半矮性突然変異系統「Diamant」4)が多収の育種母本として特に東欧で重要視されている.「Diamant」の半矮性遺伝子は,劣性遺伝子 sdw1 と報告されている11,14 ).また,長程品種「Hanna」から選ばれた自 然突然変異の半倭性系統「Binder 」の半霧性遺伝子を引き継いだとされている系 統は,英国や北欧の数多くの主要品種の交配親になっている.PerssonandHag berg27 )により詳細に報告されているErectoides 突然変異体は,本来直立,密穂型を 意味する変異体であるが,程長を短縮する効果があることが知られている.
  Wettistein36 )は,そのなかには原品種に比べて明らかに短程で,多肥条件で多収を 示すものがあることを報告し,その後の品種育成に活かされている.
 

(2)回避技術の開発
 

ア 栽植様式,播種密度,施肥方法等
  栽培技術での倒伏の回避方法については江口6 )の報告に詳しい.それによると, 栽植様式としては,麦類が均等配置に近い全面全層播やドリル播きでは局部密植 の慣行畦立て播きにくらべて耐倒伏性が優れていることが,他の報告例とともに 紹介されている.播種密度については,石川と森田16 )は,苗立数が333 に増加する
と穂数が600 本/m を越え倒伏しやすくなるため,ドリル播きの適正な穂数は500− 550本/m ,このためには苗立ち数は150 −200 本/m が適性であるとしている.施肥 方法としては,安倍と神前1 )は倒伏を避けるためには全量元肥がよいとしている が,江口5 )は遅い時期の追肥では増収効果に比べて倒伏の増加が少ない実験例も 示しており,今後も検討が必要であることを指摘している6 ).
 

イ 倒伏軽滅剤の利用
  倒伏を軽減する植物生長調節剤として,日本では小麦に対してはクロロメコー トとエテホン,大麦に対してエテホンが登録されている17 ).クロロメコートは小麦 の生長調節剤として欧州を中心に広く用いられており2 ・28 ),国内でも北海道では使 用されている.国内の他の地域における実用的な研究例としては,福岡県の報告8 )
がある.また,和田ら38 )はクロロメコートは多収条件では増収効果があることを報 告しているが,佐藤と鳥生31 )は白化が生じることがあることを報告している.エテ ホンの小麦への処理では,高橋と中世古32 )は程長の短縮とともに増収効果もある ことを報告しているが,エテホンの処理により,小麦が不稔になる例も数多く報 告されている7 ’15 ).エテホンの国内の小麦栽培における実用的な研究例としては佐賀県の報告30 )がある.大麦の成長調節においてもエテホンは有効で,多くの報告が ある19 ・24 ).その他のイネ用に登録されている生長調節剤については,宮澤ら23 )がプ ロヘキサジオシの有効性を,鳥生と渡辺35 )がイナベンフィドやS −327D についての 研究例を報告している.またRademacher ら29 )は,イネ科植物に特異的に作用し, しかも従来薬剤よりはるかに強い生長調節作用を持つ物質を開発中であることを 最近報告している.


(農業研究センター  本多 一郎)