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2. 作 型
(1)野 菜
1 )はじめに
 作型とは経済栽培を行うための栽培条件,品種,栽培管理が総合された,作付ごとのある程度独立・分化した技術体系をいう34)。
 施設栽培関連の作型は促成栽培,半促成栽培,抑制栽培に大別される。露地普通栽培からみて,促成栽培,半促成栽培はそれ以前に,抑制栽培は以後に収穫する栽培であるが,各作型問の厳密な区分は困難である。1970年ころから急速に作型開発が進んだイチゴを除いては現在の作型の原型は1950年ころにはほぼ成立している33)が,促成栽培,加温抑制栽培の比重が次第に高くなってきた。1973 ,1978年の2度のいわゆる‘石油ショック’はそれまで前進化,栽培地域の拡大が行われてきた作型に大きな影響を及ぼし,不利な作型は消滅していった。
 各作物ごとの作型の現況については別資料73)に譲り,ここでは現在の施設栽培の中心であるキュウリ,トマト,イチゴを主に述べる。なお,同一呼称の作型であっても時代,栽培地域により栽培時期が異なっている場合があるので,注意を要する。

2 )キュウリ
 キュウリは施設園芸の発達により作型が大きく変貌した作物の一つである。農ビ開発以前は早熟栽培,温風暖房機開発以前は半促成栽培,無加温抑制栽培が主であり,促成・加温抑制栽培は西南暖地の限られた地域で行われていたに過ぎない34)が,現在ではこれらの作型は広い地域で栽培がある。また作型分化と品種の生態分化が密接に関連し,促成栽培,半促成栽培では春キュウリの青節成群,抑制栽培では夏キュウリが栽培されていた34)。しかし作型が前後に延長され,品種もF1 雑種系統が広く用いられるようになり,作型と品種生態との関係は次第に不明確になった。
 促成栽培は施設を利用して冬春季収穫する加温栽培であり,半促成栽培は早春から初夏にかけて収穫する栽培で栽培初期には加温も行われる。収穫開始時期を早めるために次第に播種が早められ,また接ぎ木の導入により栽培期間が長期化した。
 栽培品種には低温伸長性・寡目照耐性が必要なことから初めは春キュウリが広く用いられた34)が,青節成群の‘久留米落合H型’及び‘松のみどり’が育成されるとほぼ両品種に統一された。しかし出荷時期が九州よりも遅れて価格的に不利になる関東地域の産地では,1965年ころから品質的に優れ市場価格の高い夏型雑種群の芯止系が半促成栽培,抑制栽培に用いられた57.68〜69)。夏キュウリは低温伸長性,耐病性が春キュウリよりも劣り接ぎ木栽培が不可欠となった。前後して,簡便な呼び接ぎ法が紹介され20.67),台木についてもそれまで用いられていた‘自菊座’,‘新土佐’よりも低温伸長性が優れる‘フィシフ才リア’が導入された18〜19.39)ことから接ぎ木が普及し,更に育種面でも寡日照条件の促成栽培に向いた夏型雑種群の品種育成が進められた結果,安定した作型となった。
 需要が生食主体へ移行したこと,品種改良が進められたこと等から1973年ころ以降栽培品種は全国的にいわゆるシロイポの夏型雑種に替わり,1980年ころまでにはほぼ全面的にこれに置き替わった1.22.43.62.70)。
 抑制栽培は7 〜8月播種,収穫期は無加温では年内,加温栽培では,2月ころまでの栽培てある。品種は栽培前期が高温長日,後期が低温寡日照であるため‘長日落合’が栽培された3)が,‘久留米落合H型’育成後は同品種が本作型でも広く栽培された。しかし本作型においても,1975年ころ以降順次全国的にいわゆるシロイポの夏型雑種の接ぎ木栽培になった73)。
 全作型を通じた栽培技術関係では,1960年ころからつる割病抵抗性・低温伸長性付与の目的で前記の各品種等のカポチャを台木とする接ぎ木が実用化された19〜20.39〜41.75)。栽培の後半が高温になる促成・半促成栽培では近年プルーム発生の少ない台木の利用がみられる71)。
 1985年から東北地方の露地夏秋どり栽培に雨除けが行われ,生産安定・収穫時期の延長が図られている。

3 )トマト
 キュウリと並んで施設栽培の発展に伴い生産が周年化した代表的な野菜である。トマトの施設栽培はオーキシン利用により不良環境条件でも着果が容易となった7.12)ことが栽培拡大の大きな一因である。
 促成栽培は冬春季収穫の栽培である。初めは太平洋岸の冬季でも温暖な地域に限定されていた33〜34)が,オーキシンを用いた単為結果が可能となったことと簡易温風暖房機の普及により,広い地域に普及レた73)。
 半促成栽培は早春以降に収穫する栽培で,全国各地に栽培がある73)。1965年ころに施設の高度利用を目的とした低段密植栽培が開発された47)。施設が大型化したことから現在ではほとんど行われていないが,促成栽培・半促成栽培の栽培技術向上に大いに貢献した。
 抑制栽培は7 〜8月播種,8 〜9月定植,温暖地の年内収穫であった34)のが簡易温風暖房機の普及により栽培期問が延長され,栽培地域も拡大された73)。 施設の高度利用を目的として,1975年ころには抑制栽培と促成栽培を統合したような越冬長期栽培が開発され21),作土層が深い地域に普及した。
 同じころ,岐阜県中山間地での夏秋どり露地トマト栽培で雨除けが行われ品質向上・生産安定に効果を発揮し15),他県にも普及した51.59.76)。
 栽培面では,1960年代にはトマトの施設栽培面積が急激に増加したが,栽培技術が未熟であったため,種々の生理障害(肥料の過剰施用による濃度障害24)空洞果9.11.63.72),乱・奇形果10.26.50),すじ腐れ果6.48〜49.55)等)が発生し,原因究明と対策技術確立が行われた。
 トマトでも病害による連作障害回避のための接ぎ木が試みられた4.32.42.45.53.56)が,苗の生育がふぞろいになりやすいこと,簡便な接ぎ木法が未開発であること.栄養生長がおう盛になりやすいこと等の問題点があり,耐病性品種の育種が進んだこともあってトマトでの接ぎ木はキュウリほどは普及していない。

4 )イチゴ
 イチゴは休眠性を有する点が他の果菜類と異なり,作型も休眠の生理が解明されて多様化した。しかし花芽分化促進が最も重要な栽培技術であることは言うまでもない。花芽分化促進には大きく二つの流れがあり,第一は各種処理によるもの,第二は育種によるものである。
 高冷地育苗による花芽分化,収穫時期の前進技術がいち早く開発され,休眠の浅い品種を栽培する石垣促成栽培に利用された74)。一方,品質的に優れるが休眠の深い品種を用いる栽培では,早期被覆による収穫時期の前進に伴い休眠による株のわい化が問題となった。研究の結果,休眠は短日・低温条件下で誘起されること29〜30),休眠覚醒は品種により異なるが低温遭遇時問数に支配されることが明らかにされ31.35〜36.64〜65),その後の作型開発の理論的裏付けとなった。
 1958年に発表された‘紅鶴’は休眠が浅い品種の育成のこう矢をなすもので,その後更に‘はるのか’が育成されると九州を中心に‘はるのか’の促成栽培が確立され16),12月収穫が可能となった。
 休眠の深い‘ダナー’が主品種であった関東地域では九州地域の‘はるのか’を用いた収穫時期前進に対抗して,花芽分化した株を低温処理し強制的に休眠を打破して収穫時期を早める短期株冷蔵栽培が開発された27)が,収穫開始時期は‘はるのか’の促成栽培に及ばなかった。
 1968年に奈良県において,‘宝交早生’の休眠が最も深い時期を過ぎた後に電照処理を行って休眠覚醒に必要な残りの低温を補い,収穫時期を早める電照半促成栽培が開発された8)。本栽培はそれまでの半促成栽培よりも収穫開始時期を1か月早めた。
 1970年には同じく奈良県で,花芽分化した株を高温管理並びに電照による長日条件下で休眠に入らせずに収穫する電照促成栽培が開発され8),12月上旬から5月までの連続収穫が可能となった。電照栽培は簡便で確実に収穫時期を前進させる方法として各地に普及した37.46.54.58)。また関東の産地では電照促成栽培の導入によりようやく12月収穫が可能となった46)。
 一方,促成栽培の収穫開始前をねらう抑制栽培として,自然状態の株を2月ころに掘り上げ冷蔵保存して晩夏〜初秋に定植,促成栽培の収穫開始前に収穫する長期株冷蔵栽培が開発された23)。促成栽培の収穫時期が前進するとともに本作型も前進した。
 また北日本の寒冷地向き作型ではあるが,果実の凍害防止のため厳寒期の収穫を避け低温遭遇時問の短縮・短日処理を併用した休眠覚醒を遅延させるユニークな無加温ハウスでの半促成栽培も開発された66)。
 1980年ころにはポット育苗による花芽分化促進,収穫時期の早進化技術が開発され5),11月下司から収穫が可能となった。本処理は暖地平地でも容易に花芽分化の促進が可能なことから西日本を中心に広まったが,温度的に限界条件近くでの花芽促進処理のため,気象条件によっては花芽分化が遅延し収穫開始が遅れる事例があった。このため冷蔵施設を利用した暗黒低温処理13〜14.44.61)による安定した花芽分化の促進技術が開発され,ポット育苗と本処理を併用することにより暖地の促成栽培では10月からの収穫が可能となりつつある。また安価な冷蔵施設を利用した夜冷育苗による花芽分化促進による収穫時期の前進化も行われている52)。
 1980年代に入り各地で育種が盛んに行われ,現在は‘とよのか’17),‘女峰’2)が促成栽培の主力品種となっている。更に最近では,優れた四季成り性品種も育成され28),現在栽培の少ない夏秋どり栽培の作型が開発段階にある。

5 )メロン
 1950年ころから静岡県ではアールスフェボリットの栽培が次第に復活し,両性花着生で問題のあった夏季栽培用系統にはプリティシュクイーンとの交雑後代が用いられ,四季それぞれの収穫時期に応じた系統が選抜・育成され,独特な周年栽培の作型が確立された25)。現在,アールスフェボリットの栽培は栽培時期が限定されるものの,各地にみられる73)。
 1962年に発表されたプリンメロンはそれまでのマクワにはないその当時としては画期的なメロンであり,接ぎ木による耐低温性付与技術が確立された38)こともあって,作型の拡大に関する研究が各地で行われ,種々の作型が開発された。一方,1960年代後半から各地,民問でハウスでも栽培可能なネットメロンの育種が進められ,1970年ころから品種が発表・市販された60)。消費の変化,ハウス栽培用品種の育種が進んだことから1980年代半ぱからネットメロンの栽培面積は急増した。その後もノーネットメロン,ネットメロンともに品種改良が進められ,各地でさまざまな品種を利用した作型開発が試みられている73)。しかし栽培品種については変遷が激しい。

6 )ナス.ピーマン,スイカ等
 これらのいずれの野菜も1950年代には施設栽培はごく限られた地域での作型であった33)が,他の果菜類同様施設栽培の比率が高まってきた。またナス,ピーマンについては.現在,加温施設では9 〜10月定植,翌年6月まで収穫の長期栽培が主となっている73)。

                     (野菜・茶業試験場 池田廣)